僕はすっかり疲れて、これから先き自分がどうなるだろうということさえ考える力を失っていた。僕はただ待っていた。何かやってくるだろうと。それが何だろうと、今までしかたがなかったと同じように、そいつに身を任かせるよりない。
新しい場所に移ってから天気は徐々に定まった。毎日温かい日がつづいた。もうどこを見てもいっぱいの若葉だった。僕のいるところは原地農場という、牛を七八頭飼っていて、バタをつくっている。家の前面は広い耕地(こうち)だ。耕地全体をとりまくようにして、家の裏から左手へ、それからずっと前方までゆるやかな傾斜面が盛り上っているが、そこらじゅうの榛(はん)の木の若葉は何という美しい奴だろう。日に輝き、揺れ、絶えず小さいさやぐ音をたてている。それは何かしら僕の心を吸いこんでしまうやつだ。それに白と黒の斑牛(まだらうし)、こいつはどうしていつまでもこう動かずにいるんだろう。その鮮(あざや)かな背はどんなに遠くにいても、どんなに林の中からちょっぴり見えただけでも眼につかないということはない。いつまでもいつまでもじっとして草を喰っている。
あたりには散歩するところがたくさんあった。同じ島の中でも、神着とこことでは何というちがいだろう。明い。そして何もない。家の左手の傾斜地を左へ上って行くと、高台のようになった広い平地があるが、そして大部分は耕地で、ところどころには鍬を入れている人影が見えるが、それは何だかあたりの雰囲気にのみこまれて、働いているというより、ただそこにいる人という感じで、ゆっくりと動いている。耕地もそうで、それはつい昨日耕地というものになったような、素人くさい様子をしている。林もそうだ。それはちょろちょろと細かったり、ただ伸びられるだけ伸びるとでもいうように、むやみと真すぐに立っていたりしているが、それでいて生き生きしている。